旅人に扮して尼崎に泊まりにやってきた「真柴(ましば)久吉(ひさよし)(羽柴秀吉)を暗殺しようと、主人公智光たけちみつひで(明智光秀)が登場。武知光秀は、真柴久吉が、きっとこの風呂場で風呂を浴びているに違いないと思い、先を鋭く切った「猪突(ししつ)きやり」をもって、抜き足、差し足で、風呂場に近づく。

武智光秀は、真柴秀吉を刺し、天下をとろうと風呂場の人影に向けて、思い切り猪突きやりを刺した。



すると、思いがけない女の悲鳴。
納得がいかない武智光秀は、風呂場に駆け込むと、そこには、実の母親「皐月(さつき)血を流して七転八倒 苦しんでいた。

光秀は、「なんだ、これは。我が母ではないか。死なせてしまうとは、残念だ。」と、驚きのあまり、ただ、呆然と立ちすくんでしまった。




 悲鳴を聞きつけて、駆け寄ってきたのは、光秀の妻「(みさお)」と、その娘「初菊(はつきく)」であった。

操は、「母上様ではないですか。これは、どういうことですか。」と,操にすがって泣き叫んだ。

大けがをしている母親皐月は、「悲しんではなりません。悲しんでは、なりません。我が殿様である内大臣「(はるなが)」(織田信長)を討った武智家の私が、このように実の息子に討たれてしまったのは、道理から見て当たり前のこと。自分の息子が、主君に背いて謀反を起こし、人の道から外れたと家名を汚してしまった。人の道を踏み外して得た地位や富などは、浮雲のようにはかないものです。主君を討って、手柄を立てた得意顔のようだけど、そのようにして、たとえ将軍様になったとしても、野の果てをあてもなく歩き回る罪人にも劣る罪だとは、気づかないのですか。

君主に逆らわず、親孝行するという、仁義忠孝の道さえ守っていれば、たとえ、少ない俸禄米の身分であっても、百万石の大名よりも、まさっているのですよ。

息子よ。自分のことだけを考えているから、こんなことになってしまったのです。証拠である目の前の私を見なさい。

武士の命を討つ刀はたくさんあるというのに、こんな猪を突き刺すような切り落とした竹槍で、自分の息子に刺されてしまったではありませんか。

君主を殺した天罰の結果は、親でもある私にも、この通り返ってきているのです。」



  母の皐月は、自分に刺さった槍の穂先に手をかけて傷を負いながらも、息子の光秀に言い聞かせました。



 それを聞いていた妻の操は、大粒の涙を流しながら、夫の光秀に
「それ見てご覧なさい、光秀殿。刺した相手が母親だったと知らなかったと言え、実の母親を刺すとは何事ですか。せめて、母親が亡くなる前に、心を入れ替えて善良な人間になると、たった一言でもいいので、聞かせてください。この通り、お願い申し上げます。」

と、手を合わせていさめたり、泣いたりしてひたむきに夫を思って恨み泣きました。

 操の心は、曇りのない鏡のように澄んでいて、流す涙は、操の本心から出てくる物であった。

 【武智光秀】(たけち みつひで)=明智光秀
  「尼崎の段」以前に、主君内大臣「春長」(織田信長)を討ち、天下を取るために、春長直属の家来 真柴久吉
(ましばひさよし)をたおそうと狙っている。
【皐月】(さつき)=光秀の母
  自分の息子「光秀」が、仁義忠孝の道をはずれて主君である「春長」を討ったことを大変嘆いている。先祖代々君主に仕えてきた武智家の誇りを大切にしている母。
【操】(みさお)=光秀の妻
  武智家に嫁入りし、武智家のために尽くしてきた妻。光秀が戦に出るたびに、励まし、活躍を願う。義母と力を合わせて家の繁栄を願っている。
【初菊】(はつぎく)=光秀の娘
  武智家で育ち、十次郎と婚約している。
 11月上旬の「徳地人形浄瑠璃発表会」に向けて、6月末より、浄瑠璃の練習が始まります。

 まずは、徳地人形浄瑠璃保存会のみなさまによる浄瑠璃の上演です。

 近い先、自分たちで浄瑠璃を語ることができるようにならないといけないという使命をもっているので、見るときは、真剣です。

 上演が終わると、三味線、つけ打ち、人形操りの体験です。
 三味線は、重いバチをもって三味線を鳴らすのですが、持ち方、弦の押さえ方が大変です。
 人形操りは、6年生も興味津々です。徳地の人形浄瑠璃は、上方の人形と違って、人形が小さく、一人でいくつもの人形を操ることができるようになっています。右手と、左手にもち、同時に2体の人形を操るときもあります。
 舞台装置も、たくさんの工夫が施され、人形を置く場所があったり、小道具がおける場所があったり、一人でたくさんの作業ができるようになっています。