大村益次郎 史跡 マップ (秋穂)
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大村益次郎史跡マップ
 
地図上のa〜nをクリックしてもOKです。

a地点・b地点
a地点西方向 防府から大道を通って海が見えて陸橋を過ぎると、向かって右に図のコンビニがあります。そこの交差点を西方向(向かって右の方向)に向かって行くと低い丘を越えた後、ざっと広い場所に出ます。最初の交差点がここ。長徳寺の看板があります。それから「あさの」という看板もあります。この交差点の次の交差点を左に入ることになります。 b地点東方向 宇部方面から、また小郡方面から来た場合、ここまで来ると行き過ぎ。長徳寺の看板が目印です。ここを右に折れていくとこじんまりした公園がありますからそこでUターンしましょう。そこの公園にはトイレがあります。長徳寺に出かけて住職さんにお話を聞くのもいいですね。

c地点
看板1 c地点西方向c地点西方向
 防府方面から来て南部海岸道路をさらに西に進むと、まず「セミナーパーク・山口県消防学校」の看板があります。それをさらに進むと道路標識があり交差点があります。その交差点には「正八幡宮」の案内が左手に見えます。この交差点を、左に入ります。右に進むと鋳銭司にある「大村益次郎生誕地」の史跡に行けます。まっすぐ進むと周防大橋を通って宇部に行けます。

d地点
お店倉があります北方向に見える山交差点を曲がると
 ここには自動販売機のあるお店があります。その反対には倉が見えます。北方向(図では上側)には少し小高い岩山が見えます。このふもとにセミナーパークがあります。南方向(図では下側方向)を向くと左手には家並が右前方には田園が広がっています。

e地点
交差点前道路標識直前です。ここを左に曲がります。
 宇部から、また小郡から来た方はここで右に曲がってください。まず秋穂町の標識が見えて道路標識があります。さらに進むと「正八幡宮」の標識が見えてきます。鋳銭司からの人はこの左手から秋穂町内へまっすぐ入ることになります。(鋳銭司の「大村益次郎生誕地」や鋳銭司の資料館へは、ここを左方向に曲がってください。)

f地点
藤村宅にはここを左へこの家が目印。看板もありますが・・左に曲がるとこんな風景です。
 交差点から左側を注意して少し進むと塀に看板のある家が見えてきます。右手に田園が広がりはじめたところあたりです。看板は少し隠れているので見つけにくいかもしれません。交差点から左に入る道の2つ目です。上の図で1の数字のところです。それから車で行けないことはありません。車1台が通れる道はありますし、藤村さん宅にある石碑のまわりにも車は置けないことはありませんが公の観光地でもありませんし私有地です。迷惑にならないように、ここから行く場合は、このあたりに車を置いたほうが良いと思います。ただし違法駐車になります。
 それで、おすすめは、ここに車を置くよりも2の福楽寺の境内に車を置くほうです。ちょっと歩かなくてはなりませんが、ここまで大村益次郎をたずねていらっしゃる方であれば、歩いてみたほうが、幼い頃の大村益次郎を見ることができると思います。

g地点
少し歩いてかぎ型になっているところ 少し進んでつきあたりを右に、すぐに左に曲がってまっすぐ進みます。この時、案内標識があります。しかし、もう古いので変更されるかもしれません。左右の車には気をつけて進みましょう。あまり人通りのないところなので運転する人もあまり予想していないのではないかと思います。

h地点
ここを左に入ってこの奥が藤村宅で奥左手に石碑道幅はこれぐらい
 まっすぐ進むと塀に案内標識があります。最初の写真の車がある手前を左方向に曲がります。そうすると奥のつきあたりが、藤村さんのお宅です。つまりここが益二郎のお父さんの実家の地であり、幼少の頃に育った所です。邸内には大村益二郎の石碑があります。さて、生誕地については鋳銭司の村田家と、ここ藤村家の2説があります。その理由の一つには、当時、出産はやっぱり人手がかかりました。それで奥さんは実家に帰ってそのお母さんが手配しました。しかし村田家では、おじいさん一人です。そこで、お父さんとしてはなにかと面倒を見てくれる実家である藤村家のほうが安心だっただろうと思われます。実際に、大村益次郎が生まれてすぐに一家は秋穂に帰ってきています。そこから秋穂の人達は、益二郎さんは、ずっとここにいたのだからここで生まれたと考えたと思います。
最後の写真は塀にある標識を撮影しています。方向は藤村さんところから出てきて。つまり図の下方向です。

i地点・j地点
i地点。図の左から見たところj地点。図の上方向を見たところ
 左の写真はi地点ですが、図の左方向から撮影したものです。カーブミラーがあって左前方の家の塀には八十八ヶ所の案内標識があります。道幅はやはり車1台ぶんぐらいです。中の写真は図の下から上方向に撮影したものです。白い標識が見えるところを右に行くと両親のお墓の方向に向かいます。右の写真はj地点を図の右に進んだつきあたりです。ここでカギ状に道がまがっています。

k地点
h地点。図の左方向から撮影h地点。図の右方向から撮影お墓の方向奥がお墓。道はこんなかんじです。
h地点の様子です。場所は福楽寺の北側にあたります。最初の写真は図の左方向から撮影したものです。次の写真は右方向から撮影したものです。その次のは実際に曲がって前方の写真。最後は奥にお墓が見えるあたりの様子です。ここには駐車場はありません。回転するのはなかなか難しい場所です。両親のお墓の前には案内標識と解説がついているので見つけやすいと思います。まあ普通の農村の墓地なので、すごく地味です。おみやげ屋さんなんて考えている人はいないと思うけど、がっかりしないでください。鋳銭司の大村神社後ろにある大村益次郎のお墓は、かなり豪勢ですが。まあ、そんなものなのでしょう。

l地点
福楽寺の横を通って図の上方向図の左方向から見たところ
 l地点です。福楽寺を左に見ながらまっすぐ歩いていくとつきあたりはT字路になっています。ここを左方向にまがります。そこのところには神社があったりカーブミラーがあったり(車に注意して歩きましょう。)八十八ヶ所の案内標識があったりします。

m地点
つきあたりの少し手前から右にまがったところ福楽寺
 n地点をまがってまっすぐ行ってください。途中もずっとまっすぐです。そうすると福楽寺の案内標識が見えてきます。その標識の左手にお寺が見えますしゲートボール場も見えることでしょう。そこを左におれて福楽寺の駐車場に車を置きます。もっともそう広くはなくて車で5台くらい。反対側には東天田の公会堂があります。福楽寺のご住職がいらっしゃれば、忙しくなければ少しお話が聞けることでしょう。

n地点
n地点。北方向。図の上方向を撮影。n地点にある家。自動販売機があります。n地点から図の右方向を撮影。
 交差点をまがってから3番目に横に入る道のところです。この地点から交差点が見えます。バス停があって、自動販売機のある家があります。これが目印。最初の写真は交差点の方向を向いて撮影したものです。@の地点も見えます。ここを左に入っていきます。車1台ぶんくらいのせまい道です。飛び出しには十分注意して進んでください。おばあちゃんやおじいちゃんや幼稚園くらいの子供は赤信号と思って進みましょう。(中学生でもあぶないよね。)

Aio Junior High School 2001 12
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