大村益次郎の史跡をたずねて(京都)
○下に地図があります。

 京都に行くことになり、以前に鋳銭司郷土資料館で購入した「大村益次郎写真集」の中に大村益二郎の史跡が京都の木屋町にあることを思い出しました。
資料1資料2
 それで京都を検索してみたのですけど詳しい場所がわからないのです。まあ検索方法が悪かったと思います。とりあえず木屋町のだいたいの位置はわかったので近くに行って聞くことにしました。でも、このだいたいの位置が実際とは違っていたのに気がついたのは帰ってからのことです。

 京都地下鉄烏丸線に乗って烏丸丸太町駅で下車。それから京都御苑を左手に見ながら歩いていきました。京都御所門観光客の方々がマップを手に歩いていました。ちょっと見ると史跡案内って書いてありました。これがあるとはっきりするんだろうなと思った。話しかけて見せてもらえば良かったのかもしれません。前を横切る大通りに出て、そういえば資料館が近くにあったと思い左に折れて歩きました。観光客の人達が建物に入っていくのでこれかなと見ると毎日新聞だったかそんな表示だった。そこでもう少し歩いていくと店屋があったので入ってジュースを買って訊ねてみました。

 「この近くに大村益次郎の史跡があるらしいのですが・・」「よくわからない」「じゃあ佐久間象山について何かご存じありませんか?」「ああそれなら向かい側の通りに出て右へ行けばいいです。」

 それで歩いていくと、丸太通りに出てしまいまいした。またまた聞くことに。
 「木屋町で知っていらっしゃいますか?」「このあたりでは聞いたことがありません。」
 とにかく川沿いだし、南に下がってみることにしました。途中から川に近くなるように移動しました。

 しばらく行くとおじいさんがいらしたのでまた聞いてみました。「大村益次郎をご存知ですか?」「いいえ」「じゃあ木屋町はご存知ですか?」「それなら、もう少し南に行くとありますよ。」

 やっぱり間違っていないと思い少し歩くと石碑が料亭のようなところの前にあります。あれかなと思い寄ってみると木戸の文字がありました。屋敷跡。おっとこんなところにあったのですね。早速写真におさめました。さらに南に下っていきましたが、それらしきものはありません。
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 ちょっといくと料亭のような建物が並んでいるところに出ました。

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どうやら小さな川も流れています。そちらの道に行くことにしました。川に船(模型)がありました。江戸時代の雰囲気が漂っています。高瀬川の標識がありました。
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 川を見ながらもう少し歩いていってふと左を見ると何かの石碑がたっています。なんだか本で見たようなものに似ています。
 よく見ると兵部なんとかという文字があります。
「あれじゃあないかな」
 近寄って見ると確かに大村益次郎遭難の碑です。高さは写真からわかるようにそんなに高いものではありません。宿屋はもうなくなっていました。ともかく近寄って石碑を写真におさめました。横には文字が彫ってありますが写真にはうまく写っていませんでした。
hihihi
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 それから顔を上げてみると「幾松」という文字も見えます。料亭でした。中が少しばかり見えました。少しばかり歴史の世界に入ったような気分。探していた豆腐屋はありません。(当たり前か)
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時間も残り少なくなってきたので、もう一つの石碑はまたにしました。

つまり・・どうやって行けばいいか
 帰って宿舎でもう一度位置を確認しました。
 そうすると、前日に出かけていった本能寺の近くだし、東西線に乗り換えていけば近いことがわかりました。
地図
 それで、歩いてみてのおすすめコースです。
 京都駅から地下鉄烏丸線に乗りますね。それから、烏丸御池で東西線に乗り換えて、京都市役所前で降ります。そこから歩いて数分の位置です。高瀬川のほとりにたたずめば幕末を彷彿させる光景を見ることができます。近くには本能寺がありますし、少しまた南に下っていくと錦市場というところがあります。ここはいろんな食材を売っている古くからのお店の通りでなんとなく京都の文化に触れている気持ちにさせられます。平安京よりの歴史ある市場だそうです。一度、行ってみてはどうでしょう。まあたぶん、益二郎さんも一度はこの通りを歩いたのではないかと思いました。どこの豆腐を買ったんだろうな。

本能寺
本能寺門前
錦市場
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2001 5 AioJHS
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