黒潟

黒潟古開作

寛文五年(一六六五)には黒潟古開作七十町歩が築立されている
これは天田、中野、下村、祇園町に至る細長い部分で次の元禄年間 (一六八八−一七〇四)に築された黒潟開作立とは境目は、今も明瞭に分かり、領分境と称し、同じ黒潟開作 でも、この古開作は、御蔵入地であったところ

黒潟開作

黒潟開作は「黒潟村旧日記」によると、元禄三年(一六九〇)くわ初め同四年の潮留 であり、(「山口県文化史年表」その他では元禄元年(一六八八)築立となっている)

初め公儀開作として築立されたが、築立がほぼ成就した頃に吉敷毛利家が拝領している。


資料:秋穂町史 秋穂中学校国際科学部提供

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