
利兵衛の女房お幹は生来健康に恵まれず、それ故にか二人の間には子供もなかった。利兵衛の隣には締観(ていかん)という老僧が住んでいた。
二人は時折行き来しては、よもやま話をしたり、土産物も互いに分け合って食べたりして親しい間柄であった。 女房のお幹は体の調子か゛悪くなって 田畑で働くこともできなくなり、寝込んでしまってからは、利兵衛は手厚く看病しながら、家の内外のことから、田畑のことまで一人でしなければならなかった。
それでも、やがてお幹が丈夫になってくれればと、その日を待つ心で日々懸命に働いてきた。しかし利兵衛の願いは叶わず、ついにお幹は帰らぬ人となった。
女房に先立たれた利兵衛は、あまりのことに意地も張りもなくなって、ただ人生の無常を嘆き悲しむばかりであった。
お茶をわかす気力もなくなって、冷飯で済ますことも度々であった。そして仕事も手に着かず。締観に慰められて気を取り直すのであった。
思いやりの言葉をかけてくれる締観に対し、利兵衛もできる限りの世話はしてやった。冬至を過ぎたある寒い日の夕方のこと、老僧は寒さに震えながらどこからか帰ってきた。
杉苗を買ってきて、その日の内に、屋根周りの垣根になるようにといいながら、植え終わったときはもうすっかり日が暮れていた。
汚れた手を洗って、庄屋の風呂をもらいにいった。
締観はその晩寝たまま、翌日は風邪で起きあがれなかった。
そのことを知った利兵衛は吹雪の中、老僧の家に布団を届けに行った。そして利兵衛は昼も夜も、老僧を介抱した。 利兵衛の用意した粥も老僧は喉も通さなかった。そして利兵衛の看病も空しく、老僧は息絶えてしまった。
老僧が何よりも大切にしていた地蔵尊は、そのかみ網屋某の寄進した物だとか、どっしりした厨子の内から慈愛の目を利兵衛の上から注いでくれているようであった。細やかに行き届いた介抱、物静かに消えていった老僧を、最後の瞬間まで見届けてくれた利兵衛をこの上なくいたわっておられるようであった。
近所の人たちが集まってきて湯濯をし、棺に収められた老僧の躯は、寮の前の塔に並んで埋められた。
利兵衛は朝に晩にお灯明をあげた、線香をたいて頭を低く垂らし、冥福を祈った。
老僧の植えた杉苗は年と共に大きく伸びていった。それと共に利兵衛も老い込んでいった。
もはや野良仕事もできなくなったので、分けてもらっていた田圃も甥に返し、甥から年々わずかに米をもらって一人で粥をすする日々が続いていた。
・・・・そしてまた冬がやってきた。
目を病み、老いていた利兵衛は、もう長くないと悟り逝くときがきたと自分に言い聞かせた。
死を決意した利兵衛はある晩、帯でしっかり地蔵尊を背負い、そして近くの石橋から水面めがけて飛び込んだ。
いったん彼は水の日子に沈んだか゛、川の流れに沿って陸に流され、近くを通りがかっていた漁師に急いで引き上げられた。
利兵衛が目を開けたとき、それは一瞬幻にも見えたが、利兵衛の目には確かにお幹が見えた。
そしてもう一度目を開けたとき、病んでいたはずの左目は見えるようになっていた。
そして代わりに地蔵尊の左目は、ただれていたという。